管理人がどうやってオンライン小説サイトを作っていったのか、その実体験によるノウハウや悪戦苦闘の日々をつづるWEB小説制作日記ブログです。
ちょっと変わった独自システム付きのネット小説サイトを運営しています。
小説をもう終わらせたいのに、何だかダラダラと続いてしまって上手く締まらない――そんな経験は無いでしょうか。
自分もかつては、上手いシメの文章が思いつかず、ダラダラとエピローグの文章が増えてしまうことに悩んでいました。
小説のシメには、やはりスパッと気持ち良く終われる一文が欲しいものです。
今回は、そんな「自分が気持ち良く終われる小説のシメ方」を追い求めて試行錯誤していった果てにたどり着いたテクニックをいくつかご紹介します。
とは言え、どんな締め方がその人にとって気持ち良いのかは人それぞれでしょうから、あくまで1人の人間の意見として参考程度にお読みください。
自分もかつては、上手いシメの文章が思いつかず、ダラダラとエピローグの文章が増えてしまうことに悩んでいました。
小説のシメには、やはりスパッと気持ち良く終われる一文が欲しいものです。
今回は、そんな「自分が気持ち良く終われる小説のシメ方」を追い求めて試行錯誤していった果てにたどり着いたテクニックをいくつかご紹介します。
とは言え、どんな締め方がその人にとって気持ち良いのかは人それぞれでしょうから、あくまで1人の人間の意見として参考程度にお読みください。
- 文末を変えてみる
- 文章の末尾にはいろいろな形があります。
文末が「…だ。」で終わっているのか「…である。」で終わっているか、あるいは「…なのである。」で終わっているのかという些細な違いでも、受けるイメージは変わってきます。
小説のシメに使おうとしている一文が「何だかしっくり来ない」時には、試しに文末の形を変えてみてはいかがでしょうか。
- シメにふさわしい一文を先に使ってしまっていないか確認
- エピローグがダラダラ長くなり過ぎて、何とかならないかと読み返していた時、ふと「あれ?この一文、シメとして最後に持ってきたら、上手くまとまるんじゃないか?」という一文を見つけたことがあります。
なにげなく「途中の文章」として使ってしまっていた一文を、流れを変えて最後に持ってきてみたら、案外上手く小説が締まることもあります。
(たとえばA→B→C→Dの順番で並んでいた文章をA→C→D→Bに変えてみるなど。)
あるいは「元々使おうと思っていたけれど何だかしっくり来ないシメの一文」も、その前段階の文章の流れを変えてみればシメとして上手く機能するようになる場合もあります。
(たとえばA→B→C→Dの順番で並んでいた文章をA→C→B→Dに変えてみるなど。)
また、さらには前段で記述した「文末を変えてみる」を組み合わせ、途中で書いていた「“何となく”シメになりそうな一文」を、何とか形を変えてシメに“ふさわしい”ものに変更した上で小説の最後に持って来る、という手もあります。
- 「 」で終わらせる
- 小説の最後を主人公、あるいは他の登場人物の台詞で終わらせる、というのもひとつの手段です。
台詞以外のいわゆる「地の文」をしっくり来ないままダラダラ書き続けるより、キャラクターに何かを言わせて、そこでスッパリ小説を切った方が、小説をスッキリ終わらせられたりします。
(たとえば勇者がラスボスを倒して帰ってきて、待っていた家族に「ただいま」と言って終わるなど。(←あくまで例えなのでテンプレなのは承知の上。)) - 未来視点からの「まとめ」で終わらせる
- おとぎ話によくある「こうして二人は末永く幸せに暮らしました。」のように、未来からの視点でその物語の行く末をまとめて終わらせるのも、ひとつの手段です。
主人公たちの後日談をそのまま現在進行形で記述すると、文章が長くなってしまいますので、数年後、あるいは数十年後の未来の視点から、その後彼らがどうなったのかを、短くまとめて終わらせるのです。
- サプライズで終わらせる
- 書き手を選ぶ高度なテクニックではありますが、読者を驚かせるようなサプライズをババンと提示して、そこで小説を終わらせることができたなら、とてもインパクトのある終わらせ方になります。
(たとえば、死んだと思っていた仲間が実は生きていた、など。あらかじめ伏線を張ってからの回収でないと「唐突感」が出てしまって安っぽくなってしまうので、書くには技術と覚悟が必要ですが…。)
“小説の結末”としてのサプライズですので、そのサプライズも後味の悪い“嫌な”サプライズではなく、読後感をスッキリさせるようなハッピー・サプライズの方が望ましいかと思います。
(そういうイヤミス的なモヤッとする読後感が好きな方もいるでしょうから、好みにもよると思いますが…。)
…と、こんな感じですが、結局はセンスを磨いていくしかないと思いますので、もし時間に余裕があるようなら短編をたくさん書いて小説の終わらせ方を“練習”していくのが一番良いかと思います。
あるいは長編でも各段落の“終わり”を「スッキリきれいに終わらせる」よう“意識”するようにするなど…。
ちなみに管理人の自作小説で言うなら「 」で終わっているのが「夢見の島の眠れる女神」、未来視点からのまとめで終わっているのが「ブラックホール・プリンセス」(←未完のシリーズものですので、各Episodeがそんな感じで終わっているということですが。)、サプライズで終わっている(?)のが「花咲く夜に君の名を呼ぶ」(←実際サプライズがサプライズとして機能しているかどうかは作者本人には分からないのですが。)になります。
小説テクニック向上のために書いてきた習作が恋愛SSシリーズ「まるで純度の高い恋の結晶のような…」で、これは文章の順番や流れを入れ替えたり、ちょっと文言を変えてみたりと四苦八苦しながらシメを作ったものが多いです。
あるいは長編でも各段落の“終わり”を「スッキリきれいに終わらせる」よう“意識”するようにするなど…。
ちなみに管理人の自作小説で言うなら「 」で終わっているのが「夢見の島の眠れる女神」、未来視点からのまとめで終わっているのが「ブラックホール・プリンセス」(←未完のシリーズものですので、各Episodeがそんな感じで終わっているということですが。)、サプライズで終わっている(?)のが「花咲く夜に君の名を呼ぶ」(←実際サプライズがサプライズとして機能しているかどうかは作者本人には分からないのですが。)になります。
小説テクニック向上のために書いてきた習作が恋愛SSシリーズ「まるで純度の高い恋の結晶のような…」で、これは文章の順番や流れを入れ替えたり、ちょっと文言を変えてみたりと四苦八苦しながらシメを作ったものが多いです。
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ネット上に小説を発表する方法にもいろいろある、ということは以前の記事にも書きましたが、今回はその中でも自作小説サイトと投稿小説サイトについて比較していこうと思います。
結論を言えば「どちらが良いのかは“何をやりたいのか”次第」ということになるのですが…
以下、いくつかの視点から、それぞれのメリット・デメリットを挙げていきたいと思います。
結論を言えば「どちらが良いのかは“何をやりたいのか”次第」ということになるのですが…
以下、いくつかの視点から、それぞれのメリット・デメリットを挙げていきたいと思います。
- 小説UP&管理にかかる手間
- 1つの小説をUPすることにかかる手間を考えれば、断然「投稿サイト」さんの方が簡単です。
(何せ、テキスト文章を用意して投稿すれば良いだけなのですから。)
自作サイトで小説を発表するにはホームページ制作のスキルが必要で、その手の知識の習得やホームページ制作ソフトを購入するところから始めなければいけない場合も多々あります。
(あらかじめテンプレートが用意されているサーバーさんなら、ある程度手間を省けますが、投稿サイトさんよりは難易度が高いということは変わらないと思います。)
さらには自作サイトの場合、ネット環境の変化等によるトラブルにも自力で対処しなければいけないので、大変です。
(実際、管理人もブラウザ(インターネット閲覧アプリ)の違いやバージョンアップによりサイトのレイアウトが崩れるようになった等、トラブルを経験しています。)
- 集客性
- 集客力という点で見れば、利はおそらく「投稿サイト」の方にあります。
たとえば自作サイトが町中の個人商店だとするなら、投稿サイトは大型ショッピング・モール内のテナントといったイメージです。
ショッピング・モールなら、それ自体に集客力があり、そのモールの入口(投稿サイトさんで言うならTOPページ)までは放っておいてもお客様が来てくれます。
しかし町中の個人商店だと、まずはお客様に自分の店の存在を“認知してもらう”ところから始めなければいけません。
小説検索(サーチ)サイトさんに登録したり、SNSでPRしたりと、とにかく自サイトを認知してもらうべく、集客の努力が必須になります。
ただ、投稿サイトさんなら集客の努力は要らない、ということではありません。
大型ショッピング・モールでも、内部でテナント同士の競争があるように、たくさんの作品がひしめく投稿サイトさんでは、その中で作品同士の競争があります。
作品数が多ければ多いほど「埋もれる」確率も高いため「いかに自分の作品に目を留めてもらえるか」――自分の作品を「目立たせる」という努力が必要になってきます。
ただ、それでも人通りが全く無い可能性もある町中の商店よりは、人が通りかかる可能性が少しでも高いショッピング・モールのテナントの方が、集客努力は少なくて済むかも分かりません。
- 検索されやすさ
- 個人の経験の話ですが、うちの「自作サイト」の場合、まずグーグルさんに認知され、エゴサでヒットするまでに数ヶ月かかりました。
しかし、「投稿サイト」に投稿した方の小説は、UPしたその日にググって即座にヒットしました…。
(ちなみに両方とも、小説タイトルで検索しています。)
個人の小さいサイトと、大きな投稿サイトさんとでは、どうやら検索サイトさんの反応速度も違ってくるようです。
さらに言えば、個人の自作小説サイトが検索サイトさんで上位表示されるには、よほどの能力が無いと難しいかと思われます。
「ウェブ小説」やら「ネット小説」「ファンタジー小説」などの大雑把なくくりで検索してみたことのある方なら分かるでしょうが、上位に表示されるサイトは、ほとんどが投稿サイトさんや小説検索サイトさんばかりです。
ただ、そういった大雑把なくくりではなく、マニアックでピンポイントな単語で検索する読者様がいた場合は、個人の小さなサイトが上位表示される可能性もなくはないのかも分かりません。
(ただその場合、その小説自体がよほど“マニアック”で“他に無い”ものでないと駄目なわけですが…。よほどマニアックでマイナーな神話や伝説をモチーフにしているとか…。)
- デザイン・機能の自由度
- デザインや機能の自由さで言えば、圧倒的に「自作サイト」に利があります。
投稿サイトさんでもある程度デザインを選べたり、機能が選べたりするものもあるかと思いますが、それはあくまで「投稿サイトさんが予め用意したものから選ぶ」ということであり、「こんなことがしたい!」と思っていても希望が叶えられないこともあります。
また、たとえ小説の中身は違っていても、画面(デザイン)のパッと見は同じ投稿サイト内の他の小説と変わらないため「個性が無いなぁ」「つまらないなぁ」と思っている方も多いかと思います。
しかし自作サイトであれば、アイディアとスキルと工夫次第で「他のどこにも存在しない唯一無二の小説サイト」を創り上げることが可能です。
たとえば、小説本文ページ自体を、小説イメージに合わせて花柄にしてみるとか、宇宙模様にしてみるとか、羊皮紙のような柄にしてみるですとか…
小説のロゴを自作して、さらにはアニメーションさせてみるですとか…
小説内の単語をクリックすると、左横の小窓にその単語の説明が表示されるですとか…
小説本文の文章量や雰囲気を読者様がある程度カスタマイズできるようにするですとか…
モード選択で本文の文字がデコレーションされるようにするですとか…
さらにはそんな小説ページの見方をガイド動画にしてサイト内に貼り付けるですとか…
サイトとしての「個性」を出すことはもちろん、「これまでの既存の小説ではなかった“全く新しい小説の形”を創り上げる」ことさえ可能なのです。
…まぁ、そんな風に「やりたいことをやる」ためには、それ相応のスキルを身につけなければいけないんですけどね…。
ちなみに投稿サイトさんでも予め用意された機能をフルに使って工夫すれば「これまでに無いような形の小説」を作ることは(ある程度)できるかと思います。
(管理人がpixivさんに連載中の「選帝のアリス」は「ネット小説で乙女ゲームをする」ということをコンセプトに創っているのですが、当然、攻略キャラのルート選択が可能です。(そしてもちろん、隠しルートも仕込んであります。))
以上、読んでいただくと分かるかと思いますが「特別なことがしたいわけでなく、ただ普通に小説をUPしたい」というだけなら投稿サイトさんの方が断然ラクでメリットがあるかと思います。
ただ、それでも管理人が自作サイトを選んだ最大の理由を言えば、それは「そこにロマンがあるから」です。
投稿サイトさんを「家具などが予め備え付けられたデザイナーズ・マンション」にたとえるなら、自分の目指す自作サイトは「ほぼ1から自分の手で創り上げる“からくり忍者屋敷”」です。
(まぁ、さすがに壁紙や画像パーツは自作では足りないので素材集など使わせてもらっていますが。)
たとえ制作の過程が大変で、苦労もあって、出来栄えが思ったよりダサくなってしまうことがあるとしても「自分の手で、自分の“城”を創り上げる」そのこと自体に、とてつもない達成感や喜びがあるのです。
幼い頃(もしくは今でも)“ものづくり”が好きだった方、将来のためにホームページ制作スキルを身につけたいと思っている方、PCのプログラミングなどが好きな方などは、一度チャレンジしてみていただければ、面白いのではないかと思います。
…まぁ、そもそも悩むようなら同じ小説を自作・投稿の両方で発表してみればいいというだけの話でもあるのですが。
(ただし自作サイトの小説をあまりに“多機能”にしてしまうと、投稿サイトさんに移植した場合にどうしても機能劣化を起こすので、そう安易によそに移せない、というケースもありますが…。)
ただ、それでも管理人が自作サイトを選んだ最大の理由を言えば、それは「そこにロマンがあるから」です。
投稿サイトさんを「家具などが予め備え付けられたデザイナーズ・マンション」にたとえるなら、自分の目指す自作サイトは「ほぼ1から自分の手で創り上げる“からくり忍者屋敷”」です。
(まぁ、さすがに壁紙や画像パーツは自作では足りないので素材集など使わせてもらっていますが。)
たとえ制作の過程が大変で、苦労もあって、出来栄えが思ったよりダサくなってしまうことがあるとしても「自分の手で、自分の“城”を創り上げる」そのこと自体に、とてつもない達成感や喜びがあるのです。
幼い頃(もしくは今でも)“ものづくり”が好きだった方、将来のためにホームページ制作スキルを身につけたいと思っている方、PCのプログラミングなどが好きな方などは、一度チャレンジしてみていただければ、面白いのではないかと思います。
…まぁ、そもそも悩むようなら同じ小説を自作・投稿の両方で発表してみればいいというだけの話でもあるのですが。
(ただし自作サイトの小説をあまりに“多機能”にしてしまうと、投稿サイトさんに移植した場合にどうしても機能劣化を起こすので、そう安易によそに移せない、というケースもありますが…。)
「良い文章とは何だろう?」「文章力があるとは、どういうことだろう?」というのは「小説を書きたい」と思うようになってから、ずっと胸に抱いてきた疑問のひとつです。
たとえば、美辞麗句を使いこなせることや、一握りの人間しか知らないような難しい語句を操れることが、文章力の高さなのでしょうか…?
確かに、そういったものを“評価”する方もたくさんいることでしょう。
しかし自分は必ずしもソレが文章力の高さだとは思っていません。
かつては自分も、小説の中にハッとさせられるような美しい言葉、今まで知らなかった難しい言葉を見つけるたびに喜び「この作者さん、すごい」と思っていたことがあります。
しかし、中学生の頃には既に「ソレが本当に文章力の高さなのか?」と疑問を抱き始めていました。
どんなに美しい言葉を使いこなせても、どれだけ難しい言葉を知っていても、それが一握りの人間にしか理解されず、心に届かないものなのだとしたら、そこに意味はあるのだろうか、と。
世の中は徐々に活字離れが進行し、出版不況の影も迫り、自分の周りにも難しい小説や文学作品を読む人間はそれほど多くいませんでした。
それが「文章が難しくて理解できないから」「そもそも読む気が起きない文章だから」なのだとしたら、自分はそれを目指すべきではないのではないか、と。
ならば、自分が目指すべき文章――本当の文章力とは何なのか…。
モヤモヤ考え続けた果てに中学生当時の自分が辿り着いた“一定の結論”は「やさしい言葉で世界のあらゆる物事を説明できること」でした。
難しい専門用語を使って難しい理論を説明することなら、たぶん誰にでもできる(と当時の自分は考えていました。←実際にはそれ相応の知識とスキルが無いと厳しいでしょうが…。)――でも、幼稚園児や小学校低学年の子どもにも分かるような言葉でそれを説明することは、誰にでもできることではない――だから自分が目指すべきなのは、たとえばそんな幼稚園児や小学校低学年の子にアインシュタインの相対性理論を“理解”させられるような文章スキルなのだ、と。
(“たとえ”の具体例がとんでもなくハードルが高過ぎるので、未だにそこを実現できているとは思えないですが、まぁ、そこはあくまで例のひとつということで…。)
そしてソレを目指すために、具体的にどうしたら良いのかを考えました。
なまじ難しい単語を知ってしまうと、ついついソレに頼りがちになって「相手がその言葉で本当に理解ができるのか」「どうしたら分かってもらえる文章になるのか」を考えることがおろそかになってしまう気がしていました。
だったら「あえて難しい言葉を覚えない」ようにして、「今持っているカンタンな言葉だけを使って“全て”を説明できるよう工夫」してみたらどうなのか……
実際、中学校~高校時代の自分は、そうして「あえて自分の中に難しい言葉を入れないように・使わないように」していたことがあります。
(でも時々は難しい小説も読んでいた(たとえば高校時代なら遠藤周作さんの「沈黙」とか)ので、覚えようとしなくても勝手に入って来てしまうことはあったかも知れませんが…。)
易しい単語しか知らない・使わない、となると「そんなので本当に文章力が上がるのか?」「国語力が落ちるのではないか」と思われる方もいらっしゃるでしょうが――中学時代にそんなことを考えて、難しい言葉をなるべく使わないよう習慣づけていた自分が高校時代に模試で叩き出した国語の最高偏差値が80なので、あながちコレは、それほどひどく“間違った”考えではないと思っています。
(ただし、自分の場合は中学生になるまでの間の読書量もそれなりにあって、既にある程度の国語力が身についていたという“前提”があってのことだと思います。誰にでも当てはまることではないと思いますので安易に真似しない方が良いかも知れません…。)
ただ、そんな中学生当時の自分の「本当の文章力とは…?」の“答え”と“同じ考え”を持つ人には、今までに出会ったことがありません。
それどころか、まだまだ“文章自体の美しさ・技巧・凝った言い回し”が評価され、“やさしい言葉のみで書かれたもの”は評価されないどころか、逆に「文章力が無い」と「ナメられて」しまっているような気がしてなりません。
それはたぶん「美しい単語」「難しい単語」が文章の中に“在る”ということは、“目で見て誰にでも分かる”けれど、その文章が「分かりやすい」「心に真っ直ぐ届く」といったことは個人個人の感覚でしかなく、“目には見えない”“ハッキリとは分からない”あるいは“無意識過ぎて気づかれもしない”ことだからだと思います。
目に見える“言葉遣い”なら、評価はしやすいですし、その評価を他人とも共有しやすいでしょう。
けれど「何となく読みやすい気がする」「何だか妙に心に残る」「やけに心にひっかかる」といった“感覚”は評価にしづらく、他人とも共有しづらいものですし、そもそも本人が意識すらしていないかも知れません。
けれど、その「無意識のうちにでも、心に刺さる」ということが、「本当の文章力」なのではないかと、やはり自分は思うのです。
美しい言葉遣いや難しい用語を否定するわけではありません。
むしろ中学時代よりちょっと不純で小賢しくなった今の自分は「読者にナメられず、スゴイと思わせたいから、ちょっとレアな単語も取り入れよう」なんて思っているくらいですから…。
ただ、表面をどれだけ美しく、あるいは珍しく凝ったもので飾れても、それが読み手の心に残らず、一度読めばサラッと流されてしまうようなものでは「せっかく書いても、つまらないな」と思うのです。
美しい言葉や難しい言葉をたくさん覚えても、それはあくまで作品を彩る「スパイス」に留めておいて、それを「主」にはしたくないのです。
「美しい文章を書こう」「難しい技巧を使いこなそう」と、そればかりに心を囚われてしまっては、言葉を操るべき物書きが、逆に言葉という“道具”に振り回されてしまうような気がしてならないので…。
まぁ、文章力が高かろうが低かろうが、結局、小説にとって一番大切な命題は、その文章力を使って「“何を”描くのか」という部分だとは思っているのですが…。
たとえば、美辞麗句を使いこなせることや、一握りの人間しか知らないような難しい語句を操れることが、文章力の高さなのでしょうか…?
確かに、そういったものを“評価”する方もたくさんいることでしょう。
しかし自分は必ずしもソレが文章力の高さだとは思っていません。
かつては自分も、小説の中にハッとさせられるような美しい言葉、今まで知らなかった難しい言葉を見つけるたびに喜び「この作者さん、すごい」と思っていたことがあります。
しかし、中学生の頃には既に「ソレが本当に文章力の高さなのか?」と疑問を抱き始めていました。
どんなに美しい言葉を使いこなせても、どれだけ難しい言葉を知っていても、それが一握りの人間にしか理解されず、心に届かないものなのだとしたら、そこに意味はあるのだろうか、と。
世の中は徐々に活字離れが進行し、出版不況の影も迫り、自分の周りにも難しい小説や文学作品を読む人間はそれほど多くいませんでした。
それが「文章が難しくて理解できないから」「そもそも読む気が起きない文章だから」なのだとしたら、自分はそれを目指すべきではないのではないか、と。
ならば、自分が目指すべき文章――本当の文章力とは何なのか…。
モヤモヤ考え続けた果てに中学生当時の自分が辿り着いた“一定の結論”は「やさしい言葉で世界のあらゆる物事を説明できること」でした。
難しい専門用語を使って難しい理論を説明することなら、たぶん誰にでもできる(と当時の自分は考えていました。←実際にはそれ相応の知識とスキルが無いと厳しいでしょうが…。)――でも、幼稚園児や小学校低学年の子どもにも分かるような言葉でそれを説明することは、誰にでもできることではない――だから自分が目指すべきなのは、たとえばそんな幼稚園児や小学校低学年の子にアインシュタインの相対性理論を“理解”させられるような文章スキルなのだ、と。
(“たとえ”の具体例がとんでもなくハードルが高過ぎるので、未だにそこを実現できているとは思えないですが、まぁ、そこはあくまで例のひとつということで…。)
そしてソレを目指すために、具体的にどうしたら良いのかを考えました。
なまじ難しい単語を知ってしまうと、ついついソレに頼りがちになって「相手がその言葉で本当に理解ができるのか」「どうしたら分かってもらえる文章になるのか」を考えることがおろそかになってしまう気がしていました。
だったら「あえて難しい言葉を覚えない」ようにして、「今持っているカンタンな言葉だけを使って“全て”を説明できるよう工夫」してみたらどうなのか……
実際、中学校~高校時代の自分は、そうして「あえて自分の中に難しい言葉を入れないように・使わないように」していたことがあります。
(でも時々は難しい小説も読んでいた(たとえば高校時代なら遠藤周作さんの「沈黙」とか)ので、覚えようとしなくても勝手に入って来てしまうことはあったかも知れませんが…。)
易しい単語しか知らない・使わない、となると「そんなので本当に文章力が上がるのか?」「国語力が落ちるのではないか」と思われる方もいらっしゃるでしょうが――中学時代にそんなことを考えて、難しい言葉をなるべく使わないよう習慣づけていた自分が高校時代に模試で叩き出した国語の最高偏差値が80なので、あながちコレは、それほどひどく“間違った”考えではないと思っています。
(ただし、自分の場合は中学生になるまでの間の読書量もそれなりにあって、既にある程度の国語力が身についていたという“前提”があってのことだと思います。誰にでも当てはまることではないと思いますので安易に真似しない方が良いかも知れません…。)
ただ、そんな中学生当時の自分の「本当の文章力とは…?」の“答え”と“同じ考え”を持つ人には、今までに出会ったことがありません。
それどころか、まだまだ“文章自体の美しさ・技巧・凝った言い回し”が評価され、“やさしい言葉のみで書かれたもの”は評価されないどころか、逆に「文章力が無い」と「ナメられて」しまっているような気がしてなりません。
それはたぶん「美しい単語」「難しい単語」が文章の中に“在る”ということは、“目で見て誰にでも分かる”けれど、その文章が「分かりやすい」「心に真っ直ぐ届く」といったことは個人個人の感覚でしかなく、“目には見えない”“ハッキリとは分からない”あるいは“無意識過ぎて気づかれもしない”ことだからだと思います。
目に見える“言葉遣い”なら、評価はしやすいですし、その評価を他人とも共有しやすいでしょう。
けれど「何となく読みやすい気がする」「何だか妙に心に残る」「やけに心にひっかかる」といった“感覚”は評価にしづらく、他人とも共有しづらいものですし、そもそも本人が意識すらしていないかも知れません。
けれど、その「無意識のうちにでも、心に刺さる」ということが、「本当の文章力」なのではないかと、やはり自分は思うのです。
美しい言葉遣いや難しい用語を否定するわけではありません。
むしろ中学時代よりちょっと不純で小賢しくなった今の自分は「読者にナメられず、スゴイと思わせたいから、ちょっとレアな単語も取り入れよう」なんて思っているくらいですから…。
ただ、表面をどれだけ美しく、あるいは珍しく凝ったもので飾れても、それが読み手の心に残らず、一度読めばサラッと流されてしまうようなものでは「せっかく書いても、つまらないな」と思うのです。
美しい言葉や難しい言葉をたくさん覚えても、それはあくまで作品を彩る「スパイス」に留めておいて、それを「主」にはしたくないのです。
「美しい文章を書こう」「難しい技巧を使いこなそう」と、そればかりに心を囚われてしまっては、言葉を操るべき物書きが、逆に言葉という“道具”に振り回されてしまうような気がしてならないので…。
まぁ、文章力が高かろうが低かろうが、結局、小説にとって一番大切な命題は、その文章力を使って「“何を”描くのか」という部分だとは思っているのですが…。
SSとは、ショートショートの略、ショートストーリーの略、あるいはサイドストーリーの略など、語源については諸説ありますが、一般的に「“短編小説”よりもさらに短い小説」と考えて頂ければ良いかと思います。
SSは「短い小説」であるがゆえに、中編小説や長編小説、場合によっては短編小説とも違った“難しさ”があります。
特に「小説や文章を書くと、無意識のうちに長文化してしまう」という方にとっては、難しいタイプの小説だと思います。
かく言う自分も、かつては「小説を短くまとめる」ことが苦手でした。
ですが今は(クオリティーはどうか分かりませんが)一応、最短で479文字、最長で2962文字のSSを書くことができるようになりました。
SSは「短い小説」であるがゆえに、中編小説や長編小説、場合によっては短編小説とも違った“難しさ”があります。
特に「小説や文章を書くと、無意識のうちに長文化してしまう」という方にとっては、難しいタイプの小説だと思います。
かく言う自分も、かつては「小説を短くまとめる」ことが苦手でした。
ですが今は(クオリティーはどうか分かりませんが)一応、最短で479文字、最長で2962文字のSSを書くことができるようになりました。
(ちなみにそのSSはこちら→ 純愛SSオムニバス「純恋結晶(略)」 )
今回は、自分がそのSSを書く過程で「SSを書くのに役立つ」と思ったコツをいくつか書きだしていきたいと思います。
(あくまで個人の経験によるものですが、参考程度にお読みください。)
- 「アレもコレも」と欲張らない
- まず一番大切なのは「あのキャラクターも入れたい」「このエピソードも盛り込みたい」と一度に多くのものを盛り込みたがらないことです。
「アレもコレも」と、どんどん盛り込む要素を増やせば、当然その分、文字数が増えていきます。
「盛り込めなかった分は、また別のSSで入れればいいや」と割り切って、入れる要素を絞っていくことがSSを短くまとめる最大のポイントかと思います。
具体的にどんな要素を絞っていくのかは、以下の項目で述べていきます。
- 少ないシーンで構成する
- 短い小説にいくつものシーンを盛り込むのは、ボリューム的に無理があります。
なので、SSはワンシーン、もしくはごく少ない数のシーンで構成する必要があります。
どうしても複数のシーンを絡めたい場合には、回想やセリフとしてワンシーンの中に盛り込むか、各シーンを短くまとめていくしかありません。
できることなら予め、ワンシーンで構成しやすいような設定でSSを考えると良いと思います。
- 登場人物の数を絞る
- 登場人物の数が多いと、どうしてもそれだけ文字数が必要になります。
短い小説を書きたいなら、SSに登場させるキャラクターの数は少なく絞るべきかと思います。
- 説明・描写を短く済ませる
- 説明や描写に文字数を取られると、その分、文章が長くなります。
なので、状況説明やシーンの描写はなるべく簡潔に済ませた方が良いでしょう。
ただし、これには「簡潔に分かりやすく説明する」というスキルがどうしても必要になってきます。
そこは付け焼刃でどうにかなるものではありませんので、普段からスキルアップを心がけておくのがベターかと思います。
- 設定を厳選する
- 上記「説明・描写を短く済ませる」とも関連することですが、「複雑な設定はシンプルな設定より説明に文字数が必要」になります。
既に書いた長編のサイドストーリー的なSSであれば、ある程度は説明を省くことが可能ですが、それでも「どんなシーンで、登場キャラクターは今、何をしているのか」という説明は必要になることでしょう。
なので、文字数を節約したいなら、なるべく簡単に説明できるシーンを設定しておくに越したことはありません。
当然、“完全オリジナル”のSSであれば、設定を1から説明する必要がありますので、尚のこと、設定を厳選する必要があります。
ここで重要になってくるのは「簡単に説明できるからと言って“つまらない”設定を選ばない」ということです。
どんなに文字数を短くまとめられても、クオリティーが低くなってしまえば元も子もありません。
難しいことではありますが「簡単に説明できるけれど面白い設定」を頑張って見つけ出すか、「多少難しい設定でも簡潔に説明でき、まとめられる」スキルを身につけていくことが大切だと思います。
<過去記事一覧(サイトマップ)はコチラ>
小説の執筆時間を短くしていくためには、執筆に関わる作業の効率をUPさせ「時短化」していくのが、最も確実な方法です。
人それぞれ、執筆の方法も違えば、その効率化に必要なモノもそれぞれ違うと思いますが、今回は参考までに、管理人が独自に行っている執筆作業効率化の方法をいくつか挙げて行きたいと思います。
人それぞれ、執筆の方法も違えば、その効率化に必要なモノもそれぞれ違うと思いますが、今回は参考までに、管理人が独自に行っている執筆作業効率化の方法をいくつか挙げて行きたいと思います。
使いやすい道具をそろえる
- 作業効率というものは、使う道具によってもかなり左右されます。
たとえば、PCを買い換えてキーボードのキーの間隔が変わったら、文字入力がしづらくなってスピードが落ちた、といったことが実際にあったりします。
自分の場合は、下書きはノートにペンで書いていますので、そのペンに関しては、お気に入りの書きやすいものを「まとめ買い」してストックしてあります。
(以前はシャーペンで書いていたこともあったのですが、手でこすって文字がにじんだり、服の袖が汚れたりするのが嫌になって、ボールペンに変えました。)
ペンも、これまでに何種類か試して試行錯誤した末に今のペンに辿り着いています。
インクが多く出過ぎてしまったり、なかなか乾かなかったりするものは、その分、時間を取られてしまいますし、インクがなかなか出ないものだと、何度も書き直したりしてまた逆に時間を取られたり、ストレスが溜まってしまいます。
ちなみに現在自分が使っているのはJETSTREAMです。
↓
(画像にはAmazonアソシエイトを利用しています。)
普段から情報や資料を集めておく
- たとえば歴史小説なら歴史知識、SF小説なら科学知識というように、小説を書くためには、ある程度の“知識”が求められます。
「こういうシーンを書きたいけど、この道具を使ってこういうアクションって可能だっけ?」「こういうパーティーのドレスコードって、どうなってるんだろう?」「こういうことを担当してるのって、何て言う職業の人?」等々…、分からないことが出て来てしまうと、その都度、筆が止まってしまいます。
そしてそのシーンを書くために必要な知識を、筆が止まってから調べていたのでは、時間がかかって仕方がありません。
なので、望ましいのは、小説内で使いそうな知識は、予め、先に集めておくことです。
たとえば貴族やメイドや執事が登場する小説が書きたいなら、先に貴族制度やメイド・執事に関する資料を集めて、手が届く場所に置いておき、困った時にサッと取り出せるようにしておく、ということです。
資料は、物語を書き始める直前に集めるのも手段の一つとは思いますが、個人的にオススメなのは「常日頃から使えそうな資料は収集しておく」ということです。
資料系の本というものは、ベストセラー小説や大ヒット漫画とは違い、発行部数に限りがあります。欲しい本が既に絶版になっていた、ということもしばしばです。
なので「ナイスな資料との出会いは一期一会」と思い、本屋や図書館、古本屋などでは常に「何か良い資料が無いかな」と心がけておくと便利かと思います。
資料は「本」だけとは限らず、新聞や雑誌の記事などにも時々「使える」ものがあったりしますが、それだとさらに「一度逃すと二度と手に入らない」情報だったりしますので、注意が必要です。
PCに負荷をかけない
- パソコンで作業する場合には、パソコンのパフォーマンスに対しても注意が必要です。
アプリケーションソフトの中には、サクサク動いてくれる軽いものもあれば、動作にやや時間のかかる重いものもあります。
小説執筆のような長時間かかる作業の場合、なるべくサクサク動く軽いアプリを使うのがベターです。
「チリも積もれば山となる」で、キータッチに対する反応がいちいち遅いものだと、多少の待ち時間が発生したり、打ったつもりの字が打てていなかったり、誤変換してしまったりで、無駄に時間をとられます。
それと、たとえ執筆用のアプリが軽くても、同じパソコンの中に重いセキュリティソフトなどが入っていると、そのせいで動作が遅くなったりします。
自分の場合、新旧のパソコン2台を使い、新しい方はセキュリティソフトを入れ、インターネットにも繋がるよう設定した「アップロード用」、古い方はインターネットに一切繋げないオフライン専用の「文字入力専用パソコン」として使っています。
…まぁ、これには新しいパソコンのキーボードに、まだ指が慣れていないという理由もあるのですが。
あと、以前の記事でも書いたので詳しくは省略しますが、小説投稿サイトさんにオンラインで直接小説を書き込むのは、重いのでオススメしません。
それから、時々で良いので、パソコンの「デフラグ」あるいは「ディスク クリーンアップ」などのメンテナンスをすることです。
動作の重くなってしまったパソコンも、これでパフォーマンスが改善することがあります。
文章に詰まったら、辞書を引く
- 執筆に行き詰ってしまるパターンの一つに「文章が上手く書けない」「書きたいシーンを上手く言葉で“表現”できない」というものがあるかと思います。
そんな時に自分が行っているルーティーンの一つに「辞書を引く」ということがあります。
「書きたい“言葉”が見つからないのに、その言葉を引けるわけがない」と思う方もいらっしゃるでしょうが、これは、その「見つからない言葉を探し当てる」ための作業なのです。
まずは「書きたい言葉ドンピシャ」でなくても、「何か違うけど、こんな感じ」とボンヤリ頭に浮かんだ言葉を辞書で引きます。
すると、辞書にはその言葉の「意味」が“説明”されています。
その“説明文”の中に、探し当てたい「ドンピシャの言葉」のヒントが隠れていることがあるのです。
「ボンヤリ頭に浮かんだ言葉その1」からダイレクトにその言葉が見つからなくても、その説明文の中にある「これも似てるけど、ビミョウに違うんだよなぁ」という「似て非なる言葉その2」を次に辞書で引き、さらにその説明文の中から気になる単語を引いていき…といった具合に次々言葉をたどっていけば、そのうちに「この言葉が欲しかった!」という言葉に行き着くことがあります。
そうでなくても、辞書を引いているうちに“連想”でその言葉を自然と思いつく、ということもありますし。
いずれにせよ、何もせずにウンウンうなっているよりは、ずっと建設的な方法だと思うのです。
…と、だいたいこんな感じです。
「地道過ぎる」「こんなの、ほんの少しの時間しか節約できない」と思う方もいらっしゃるでしょうが、こうやって地道にコツコツ時間を節約していくことが、「チリ積」で効率化に繋がっていくのだと、少なくとも自分は思っています。
あとは、今までの記事でも書いてきたように「自分なりの執筆メソッドを作る」ことが一番ですね。
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