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管理人がどうやってオンライン小説サイトを作っていったのか、その実体験によるノウハウや悪戦苦闘の日々をつづるWEB小説制作日記ブログです。 ちょっと変わった独自システム付きのネット小説サイトを運営しています。
自分の書いた小説に感想をもらえるのは嬉しいことです。
 
ですが、それが必ずしも肯定的な意見やポジティブな感想ばかりとは限りません。
 
否定的な感想ネガティブなコメントを読んでしまうと、心が凹んだりモチベーションが下がったりして、下手をすると小説を書き続けようという気すら起こらなくなってしまうかも知れません。
 
なので、今回はそんなネガティブな意見をもらった時の心の持ちようについて書いていきたいと思います。
 
とは言え、これもあくまで管理人が個人的に心がけていることであって、万人に有効なものかどうかは分かりません。
 
あくまで数多くある対処例の一例として参考程度にお読みください。
「そもそも発展途上なので仕方ない」理論
書いた小説に対して「つまらない」「下手クソ」などと否定的な意見が来た時……それだけで凹んでしまったりしていませんか?
 
でも、よく考えてみてください。
よっぽどの天才でない限り、誰だって最初のうちは小説の基本も書き方も、自分のスタイルさえ分からず手探りで創作を始めるものです。
 
それはもちろん、最初から傑作を書ける人もいるでしょう。
でも、数をこなして少しずつステップアップしていく大器晩成型の人だっているはずです。
自分がどちらのタイプなのかは、やってみなければ分かりません。
 
今が「下手」でも、だんだんと技術を磨いていって、将来「上手く」なれば良いのです。
 
プロ作家ならすぐにでも「売れる」傑作を出さなければいけないというプレッシャーがあるでしょうが、アマチュアのWeb小説家にそんなプレッシャーも期限もありません。
本人に続ける意思がある限り、いつまでだって、何歳までだって小説が書き続けられるのです。
 
そもそも、そんなに簡単に万人をうならせられる傑作を書けるようなら、今現在プロとして活躍している作家さん方の立つ瀬が無いと思うので……。
 
今のこの出版不況の世の中、プロの作家さんでさえAmazo〇のレビューで酷評されることもあり、ベストセラーと騒がれた本も、ちょっとすればブック〇フに大量に出回っていたりで、何かとキビシイ時代です。
 
ましてアマチュアのWeb小説家にネガティブ意見が来るなんて「当たり前だし、仕方がないよな」と、最初からある程度の諦めを持っていた方が、気がラクになるかと思うのです。
 
「やってみたら意外な才能を発揮して皆から大絶賛されチヤホヤされる」というのは誰しも抱きがちな夢で妄想ですが(そして実際にそういう人も世の中にはいるのでしょうが)、あまり過大な幻想を抱き過ぎると裏切られた時のショックが大き過ぎてついていけない、というのは、どんな仕事にも共通した「お約束」だと思いますので、そこはあまり夢を見過ぎず、ある程度シビアに考えていった方が良いと思うのです。
  
技術でなく好みの問題でケチをつけられることもある
いただいた批判や否定的な意見が小説の「技術」に関したものなら、今後の努力次第で改善のしようもあります。
しかし、どうにもできないネガティブ意見も中にはあります。
 
それは、小説の「好み」に関する意見です。
 
言うまでもないことですが、人にはそれぞれ好みがあり、それは十人十色に一人一人違っています。
ハッピーエンドが好きな人もいれば、切ないバッドエンドが好きな人もいるでしょう。
ツンデレ女子が好きな人もいれば、一途で従順なおとなしい女の子が好きな人もいるでしょう。
 
そしてそんな作者と読者の「好み」の違いにより批判が生まれることもあります。
 
作者は主人公をヒロインAとくっつけて終わらせたが、読者の一人はヒロインBの方とくっついて欲しかった……等。
 
もちろん「ヒロインAよりヒロインBの方が良かった」という意見があまりにも多ければ、今後の作品ではそのニーズを反映させていくこともできるでしょう。
 
ただ、読者の好みが十人十色な以上、全ての読者のニーズに応えていくのは現実問題不可能です。
どちらかを立たせれば、どちらかが立たない――結局のところ作者は複数ある選択肢のうちから何かを選びとらなければいけないわけで、そうすると選ばれなかった選択肢を推していた読者の不満は必ず出てくるわけです。
 
もちろん作者は、“一人でも多くの読者が納得できる結末”を書けるよう努力していることでしょう。
でもそれでも、作者と読者が“感性も好みも違う別の人間”である以上、どうにもできない部分はあると思います。
最大限の努力をして、それでもダメなら、そこはもう、やはり諦める他ないと思うのです。
 
相手を傷つけたいだけの言葉を無理に受け止める必要は無い
ネガティブなコメントの中には、至極真っ当な批判もあれば、時に「相手を攻撃したいだけ」の罵倒の言葉もあるかも知れません。
 
感情的にこちらを攻撃し・傷つけようとする言葉の数々を、こちらも感情で受けてしまえば、たぶん、ただ傷つくばかりで良いことはありません。
 
そこは冷静に、理性的に、時に他人事のように一歩引いた場所からサラッと読んで、あまり気にしないことだと思います。
 
そもそも作品に不満を持つことと、それでその創り手を攻撃することとは全くの別問題で、その作品が嫌いだからと言って、それが相手を傷つけて良い理由にはなりません
 
クレームをつけるにしても「この作品のここが好みに合わなかった。もっとここをこうしてくれれば良かったのに」などと創り手が改善策を講じやすい“意見”として冷静に伝えることも可能なはずなのに、それをせずに感情に任せて攻撃的な言葉を選ぶのは、単純に「気に入らないからクレームついでに作者を傷つけてやろう」という、その人の人間性あるいは精神的成熟度の問題です。
 
(ひょっとするとクレーマーさん本人もそのあたり、無自覚なのかも分かりませんが…。)
 
“意見”ならば受け止める価値はあるかも知れませんが、“意見”の度を越した“攻撃”の部分までを受け入れる必要は無いと思うのです。
 
…まぁ、ひょっとするとそんな感情的な罵倒の裏にも「この作者に構って欲しい」「寂しい」「生きるのがツライ」などといった複雑な心の叫びが隠れているのかも知れませんが、見た目にただの暴言でしかないなら、作者はそんな裏事情に気づきようもありませんし、重く受け止め過ぎるとこちらが精神的に参っていくだけなので、「どうにもできない」というのが正直なところだと思います。
 
「下手だから書いちゃいけない」なんて法は無い
当たり前な話ではあるのですが、日本には(と言うか、たぶん世界中のどの国でも)「小説を書くのが下手な人は小説を発表してはいけません」という法律はありません。
むしろ「表現の自由」というものがありますので、サーバーさんの規定や小説投稿サイトさんのガイドラインや公序良俗等にひっかからない限りは自由に小説を発表して良いのです。
 
だから、もし万が一「小説書くのやめろ」などというご意見をいただいたとしても、それに従う義理も無ければ法的根拠も無いわけです。
 
それはもちろん「つまらない小説で時間を無駄にした」という方がいるとしたら、そこはまぁ申し訳ないなぁ…という感じではありますが、ソレはソレ・コレはコレの別問題です。
 
読者さんの不満の大元の原因は、現状の力不足だったり、小説の内容が読者さんの好みのものかどうか「あらすじ」や「タイトル」等で示しきれていなかったというナビゲーション的な問題だったりすると思うので、それはそれで改善策を講じるとして、「小説を書くことを続けるか・やめるか」は純粋にその作者個人の自由意思で決めるべき問題ですから。
 
「不快だからその趣味をやめろ」なんて強要する権利は誰にも無いはずですし、人間の尊厳に関わる人権問題になってしまいますからね。
 
愛の反対は無関心だから、批判の裏には期待がある…かも。
マーケティングにおいて一番恐いのは、実は「声を上げて批判する顧客」より「声を出さず黙って離れて行く顧客」だと思うのです。
 
否定的なものでも「意見」があれば、改善策を見出すヒントになり得ますが、顧客が黙って離れて行く場合は「何が悪いのか」その理由を知ることすら難しいのですから。
 
さらに言えば「愛の反対は無関心」という言葉があるように、批判の陰には「期待」が潜んでいる可能性があります。
 
人は、何とも思っていないモノのためにわざわざ労力を払ったりはしません。
わざわざ文字を打って送信して批判の意見を寄越すということは、そこに何らかの感情があるということです。
 
それが「怒り」や「失望」にしろ、そこに至るまでには「面白いと思って期待していたのに裏切られた」「もっと良い結末だと思っていたのに…」など何らかの「期待」があった可能性があります。
 
ならば、それに対する心のスタンスは「今回は力不足でゴメン。次からは期待に応えられるよう全力で頑張るから!」で良いと思うのです。
 
まぁ、実際には期待も何も無い…どころか、ただの暇つぶしの嫌がらせ等の可能性も無くは無いと思いますが、「期待されているからこその愛のムチ!」と思い込んでいた方が作者的には幸せですし、モチベーションも維持できると思いますので。
いずれにせよ、ネガティブな意見が来たからと言って、そう過度に落ち込まず、未来への糧にしていくことが重要なのではないかと、自分は思っています。
 
あと、自分は個人的にですが、ネガティブなご意見も(もちろんポジティブなご意見も)とりあえずは保存しておこうと思っています。
 
スヌーピー(ピーナッツ)の作者であるチャールズ・M・シュルツさんも、生涯に2通だけ来た自分の作品への批判のお手紙を、きっちり保存して、それが現在博物館で展示されている……というのを以前テレビで見たことがあります。
(ややうろ覚えなので、何か間違っていたらスミマセン。) 
それが何となく、すごく印象に残っているので…。
 
まぁ、スヌーピー・ファン目線では感動話でも、その手紙を書いた本人たちからしたら(そしてその手紙の内容によっては)、自分の黒歴史が数十年(?)の時を経て衆目に晒されているということになるのかも知れませんけど…。

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プロにせよアマチュアにせよ、物書きの世界には数多くの競争相手がひしめいているわけで、そんなライバルたちに嫉妬したり、劣等感に苛まれたりして自分を見失ってしまうことも、時にはあると思います。
 
そんなマイナス感情も「うぉー!いつかアイツを超えてやるー!」という熱意やモチベーションに変換できるなら、そう悪いものではないと思うのですが、嫉妬に目が眩んで読者のニーズや市場の分析が正常にできなくなったり、過剰に卑屈になって自分の作品に対するモチベーションが下がってしまったりするのは、あまりよろしくありません。
 
なので、冷静に穏やかに快適な精神状態で執筆活動を続けていくためには、その辺の嫉妬心に対するメンタルのコントロールも重要になってくると思うのです。
 
…で、具体的にどうやってそんなメンタル管理をしていくのか、ですが…
 
まずは、ぼんやりとでも自分の精神状態を把握することが第一だと思います。
 
「自分が特定の誰かに対して嫉妬心を覚えている」あるいは嫉妬とまでは行かなくても「何らかのわだかまりを抱えている」という事実を、自分自身がまず把握することです。
 
その嫉妬心さえ無意識の無自覚で、そんな無意識状態のまま何となく「コイツの作品、何か気に食わない」「何でコレが人気なのか理解できない」などと思っていると、“大事なもの”を見逃しかねません。
 
“大事なもの”――それはすなわち、嫉妬の――自分にはなくて、相手は持っている何か、のことです。
 
それは人気かも知れませんし、かも知れませんし、実力かも知れません。
 
自分には無いソレを相手が普通に持っているからこそ、悔しいし嫉妬を覚えるのです。
 
そしてその事実を――自分に何が足りないのか、嫉妬の源は何なのかをきちんと把握できない無意識状態のままでは、ただボンヤリした嫉妬心のみがずっと心に残り続け、苦しみが長引きます。
 
その苦しみから脱するにはどうすれば良いのか…それは冷静な分析と、そこから導き出された答えに基づく努力、だと自分は思っています。
 
たとえば、悔しいと思うほどに面白い作品に出会ってしまった時、その面白さが何から来ているのか――ストーリー構成なのか、キャラクターの魅力なのか、台詞回しなのか、斬新な設定・アイディアなのか等々、冷静に分析し、それを自分の作品にも活かせないかと考えてみます。
 
(もちろんパクリは駄目ですよ。大事なのは“面白さのエッセンス”を攫み取ることです。)
 
運良くとんとん拍子に人気作家に上りつめた人がいて悔しければ、その人が実際どんな風にその成功をつかんでいったのか、その過去(どんなサイトに投稿して、人気を得るためにどんな工夫をしていたのか等々)を調べて自分も同じような形で成功が攫めないかと考えてみます。
 
つまりは「ただ悔しがって終わり」ではなく、まして「相手を貶めてやろう」だなんて変なことにエネルギーを使うのでもなく、若手の職人がベテランから技術を目で盗むように、「相手の成功から何かを盗み取ってやろう」という心意気を持てれば良いと思うのです。
 
そうして冷静に分析を始めると、嫉妬を覚えていたはずの相手が、いつの間にか“タダの分析材料”あるいは“自分をスキルアップさせるためのテキスト”的な存在に変わっていて、嫉妬も何も感じなくなることがあります。
 
あるいは分析して得た結果を元に、自分の技術を磨くのでいっぱいいっぱいになってしまって、嫉妬どころではなくなることがあります。
 
あるいは、分析することで逆に相手がどれほどの努力をしてきたのかに気づかされて、嫉妬というよりある種の敬意に変わることすらあります。
 
何にせよ、ただうすらぼんやりと相手に嫉妬して苦しんでいるよりは、だいぶ生産的自分のためになると思うのですが、どうでしょう。
 
あと、個人的見解ですが、競合する他者はいないよりは、むしろ「いた方が逆にためになる」こともあると思うのです。
 
それは「ライバルと競い合うことで、より自分を高められる」などという少年マンガ的理想論とはちょっと違います。
 
それよりももっと打算的で現実的な効果として「ライバルが自分の所にお客を運んで来てくれるかも知れない」からです。
 
たとえば小説だのラノベだのマンガだのアニメだのと言っても、ジャンルやカテゴリーは事細かく分かれていて、人気のジャンルもあれば不人気の過疎ジャンルもありますよね?
 
もし自分の書きたいものがそんな過疎ジャンルだったとしたら、まず読者自体がそのジャンルに寄りついてくれなくて、自分の作品を読んで欲しくても、「まずそもそも人がいない」という状態になっている可能性があります。
 
逆に人気のあるジャンル(カテゴリー)なら人がたくさん来てくれる上「この作品が面白かったから、同じジャンルの別作品も読んでみよう」と他作品から自分のところへ流れて来てくれる可能性があるのです。
 
無料のWeb小説は書店で売っている書籍とは違い「予算的に、この本を買ったら別の本は買えないな」という風にお客を奪い合っているわけではありません。
 
読者の時間さえあれば、どんどん別の作品に流れて来てくれる可能性があるのです。
 
そしてそんな読者を自分のいるジャンル(カテゴリー)に呼び込んで来てくれる「呼び込み宣伝部隊」として、優秀な作家がそれなりの数そろっていることは、大きなメリットとなります。
 
…まぁ、多過ぎても埋もれてしまって大変なので、“それなりの数”いてくれるのが丁度良いのですが、そうそう上手くは行きませんよね…。あと自分の投稿しているサイト(あるいは登録しているサーチ・サイト)が、同ジャンル(カテゴリー)の別作品からの流入がしやすいシステムになっているかどうかも問題ですが。
 
自分の作品が最初だろうと、他作品からの流入であろうと、いざ自分の作品に読者が来てくれた時、その読者をガッチリつかまえられるだけの魅力が自分の作品にあれば良いのです。
 
ライバルがどれだけいても、あるいは逆にいなくても、結局最後は自分との闘い、自分の作品のクオリティーを最大限おもしろく魅力的に高めることが大切であることに変わりはありません。
 
優秀なライバルも、嫉妬心も、上手く利用して自分の糧にできるくらいの強かさがあった方が、この厳しい競争社会を生き抜いていく上で有利だと思うのですが、いかがでしょうか。

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ネット小説を書く理由動機モチベーションの源は、人それぞれ違うと思います。
 
小説家として人気を得たい、多くの人から評価されたい、多くの人に「読まれる」小説を書きたい、という想いからネット小説を書いている人も、もちろんいることでしょう。
 
他者からの評価や承認はモチベーションの源になりやすいですし、それを励みに執筆を続けていくのは、もちろん良いことだと思います。
 
ただ、それを小説を書くモチベーションの“核”――小説を書く“理由”や“意味”の、最も中心にある根幹のモノとして位置づけてしまうのは危険です。
なぜなら、他人の心は自分の思い通りにはできないから――どんなに一生懸命に執筆して、その小説の出来栄えが客観的に見て素晴らしいものだったとしても、それが必ずしも評価されるとは限らないからです。
 
読者やユーザーの目線で考えてみれば分かることかも知れませんが、読者やユーザーは必ずしも小説や商品を“クオリティー”によって評価するわけではありません。
たとえクオリティー(文章の巧さや構成力、台詞回しや言葉遣いのセンスなど)が他と比べて低くても「このキャラが好み!」だとか「このカップリングが萌え!」だとか「このシチュエーションがツボ!」だとか、何か1つ、自分の心の琴線にド直球で触れてくるモノがあれば、好きになってしまったりするものです。
逆に、たとえクオリティーが高くても「萌え」たり「燃え」たりできる要素が無ければ「うん。まぁ面白かった」とサラッと流されて終わり、“好き”になってもらったり“ファン”になってはもらえない、という可能性も大いにあります。
 
つまり人気が上がるかどうかは「自分の作品が、自分の作品を読んでくれた読者の“ツボ”にどれだけハマれるか」ということでもあるのです。
そしてそれは「作者の趣味嗜好が、どれだけ多くの読者と共通したメジャーな趣味嗜好なのか」という元々の属性や、「自分と趣味嗜好を同じくする読者が、どれだけ自分の作品と出会ってくれるか」という運・確率に左右される問題でもあるのです。

(もちろん、そんな趣味嗜好やツボの違いさえ覆してしまえるほどのクオリティーというものも世の中には存在するのでしょうが、アマチュアなネット小説家を想定しているので、その辺りは今回は脇に置いておきます。)
 
世の中、どれほどニッチな市場だとしても、需要と供給が上手くマッチングしていけば市場として上手く成り立っていけるものです。
しかし、その「ニーズのある所に上手く商品をアピールしていく」ということが、プロのセールスマンさんや広告代理店さんをも悩ませているであろう最大の難点だったりするのです。
(だから昨今の世の中は「分かりやすく大きな需要を見込める」ものにばかり供給が集中して、似たようなジャンルばかりが溢れかえる結果になっているのかも知れませんね…。)
 
だから、今現在自分の作品の「数字が伸びない」「評価が伸びない」からと言って、必ずしも落ち込む必要は無いのです。
それはただ単純に「あなたの作品のファンとなるべき読者が、まだあなたの作品と出会っていない」だけかも知れないからです。
(もちろんそうではなく単純に作品のクオリティーが低い場合もありますので、自作品を省みて、改善点を見つけられるなら直した方が良いですし、対策が取れるなら取った方が良いと思いますが。)
 
まぁ、それを置いておいたとしても、たとえ今後どんな人気作家になる人だとしても「始まりが0(ゼロ)スタート」であることは当たり前ですし、数字が低いうちはその数字だけを見て「こんなに数字が低いんじゃ、きっとつまらないんだろう」と去っていく人もいますので、あまり数字によってモチベーションを左右されない方が自身のためかと思います。
 
…で、ここからが本題なのですが――だったら何をモチベーションの核に据えたら良いのか……自分の場合それは「小説を書くこと自体が楽しい」という気持ちです。
やはり「それ自体が楽しい」ということは、それを続けるための最大の理由になりますし、自然とモチベーションが湧いてきます。
 
後は、その気持ちを忘れないようにすることです。
数字が伸びなかったり、評価が悪かったりすることに凹んで「こんな小説、書いても何にもならない」などと自分で自分の作品を否定してしまったり、小説を書くこと自体の楽しさを忘れてしまったりしないよう、常に書くことの“楽しさ”を意識し続けることです。
 
そして作者が心から“楽しんで”書いていけば、それは小説自体にも影響を与え、クオリティーを上げてくれるように思うのです。
「どうせ駄目だ」とか、変に萎縮して書くよりも、のびのびと楽しんで書いた方が、大胆で思いきった場面や描写を入れられたり、自分なりの「萌え」や「燃え」が入れられるような気がするので。
 
それと自分なりに心がけていることが、もう1つ。
それは訪問者数やページ・ビュー数として表れる“数字”を、ただの“数字”として見ないこと、です。
ただの数字の羅列だと思えば、その大小や伸び方だけで一喜一憂してしまいますが、“それ”はネットの海の向こうにいる“誰か”――ひとりの人間が、パソコンやスマホや諸々の端末を使って自分の作品に“触れて”くれたことの結果なのです。
 
たとえ一人だって、二人だって、広い広いネットの海の中で自分の作品に辿り着いてくれて、読んでくれて、そしてもし何かを感じてもらえたなら、それはきっと“意味”のあることではないでしょうか。
 
実際、管理人の運営するファンタジー小説サイト「言ノ葉ノ森」など、最初の頃はほとんどカウンターが伸びませんでしたが、何となくリピーターさんがいる気配(←まだ小説検索サイトさん等に登録していないにも関わらず数週間おきに訪問してくださる方がいらしたので「これは偶然辿り着いてくれたユーザーさんがリピートしてくれているに違いない」と思って)に「一人でもこの小説を楽しんでくれている読者さんがいるなら、その人のためだけにでもこの小説を完結させよう!」と意欲が湧いてきたものです。

(実際、サイト開設当初から連載していた「花咲く夜に君の名を呼ぶ」と「夢見の島の眠れる女神」は、時間はかかったものの両方ともちゃんと完結できましたし。)

まぁ、管理人は“誰が”サイト(あるいはページ)を訪問してくれたかを知ることはできませんし、たまたま検索で引っかかって訪問はしたものの、一見しただけで去っていってしまった方の数字が残っているだけかも知れません。
でも、何となく似たような周期で訪問してくださっている方がいると「リピーターさんかな」と思ったりしますし、その気配を感じたり想像したりするだけで、やる気が湧いてきたりもします。
まぁ、それが単なる勘違いや妄想だったとしても、結果として作者のモチベーションupにつながるなら結果オーライで、それはそれで良いのではないかとも思っています。

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小説執筆中、「今書いてるコレって、ちゃんと面白いものになってるんだろうか?」などと、ふいに自分の実力や作品の出来に不安を感じて筆が止まるーーそんな経験をしたことのある方、結構いらっしゃるのではないでしょうか。
 
自分自身に対するネガティブ思考はモチベーション低下の大きな要因となります。
そして執筆中のモチベーション低下は、下手をするとスランプにもつながり、連載の続行や物語の完結を危うくする〝深刻な危機〟です。
 
自分自身の実力や自作品のクオリティーを疑問視すること自体は、スキルの向上や作品の改善にもつながりますので、悪いことではありません。
ただ〝それ〟をするタイミングが重要なのです。
 
小説に限らずあらゆる分野で言えることだと思いますが、ネガティブ思考に陥り、自分自身を卑下し、精神的に萎縮した状態では〝ベストなパフォーマンス〟は引き出せません。
むしろ自分に自信を持ち、気分的に〝ノリノリ〟な状態の方が良いものが書ける、という人の方が多いのではないでしょうか。
 
例えば面接やプレゼンテーションなどでも、自信に満ちた話し方か、自信の無さそうな話し方かによって、内容が同じでも受け手の印象が変わってくるように、思い切り良く勢いのある文章というものは、読者に〝より良い〟印象を与える可能性があります。
 
なので「執筆中には〝ポジティブ・シンキング〟でいることが大事」だと自分は思っているのです。
 
例えば、今の実力がド下手クソであろうと、読者様から酷評をもらって凹んでいようと、そんな諸々のネガティブなことは〝執筆中には〟一旦全て忘れる、もしくは脇に置いて見ないことにするのです。
そして「小説を書くのが好きだー!」という気持ちだとか「この小説で読者の皆をあっと言わせてやるんだー!」だとか、過去にいただいた好意的な評価だとか、そういうポジティブなモノたちで心を満たして、気分を〝アゲて〟いくのです。
 
あるいは〝いつかの未来で沢山の人々から賞賛されている自分の姿〟や〝ネットの海の向こう側で自分の作品を読んでくれている誰かの喜んでいる顔〟を想像するのも良いかも知れません。
実際にはそんなものは存在しないのかも分かりませんが〝想像するだけならタダ〟なのです。
自分の作品がボロクソに言われている未来を想像して頑張れる人というのはそうそういないでしょうし、例えそれが妄想と呼ばれるようなものだとしても、そんなお金もかからずにできるラクで楽しい頭脳労働だけでモチベーションがアップするとしたら、こんなにコスト・パフォーマンスの良いものはそうはないと思います。
 
もちろん、そんな〝妄想〟を執筆の終わった後もずっと引きずっていては〝ヘンな勘違いをした天狗〟になりかねませんので、執筆後は冷静になって、むしろネガティブなくらいの厳しい目で作品を見つめ直し〝推敲〟していくことも重要です。
 
大事なのは、必要に応じてポジとネガを切り替えていくことなのです。
 
とは言え、人間の心理というものは、そんな風にスイッチを切り替えるようにカンタンには切り替えられないかも知れません。
性格的にどうしてもネガティブなことを考えがちな人もいれば、言われなくても最初からポジティブなことしか考えていない人もいるでしょう。
 
ただ、そんな人でも「今は〝ポジティブ〟が必要な時だ!」などと意識するだけで何かが違ってくると思うのです。
‥ということで、もしもこの先、モチベーションが下がって小説が書けなくなってしまうことがあったなら、自分の心がネガティブなことで満たされてしまっていないか、見つめ直してみてはいかがでしょうか。
そしてもしそうであったなら、自分が小説を書き始めようとした時の最初の気持ちだとか、自作品や自分の作ったキャラクターたちへの愛だとか、様々な〝ポジティブ〟を思い出してみてはいかがでしょうか。
少しはモチベーションの回復に役立つかも知れません。


(今回、記事の内容が多少、自作品「夢の降る島(第1話「夢見の島の眠れる女神」)」の本編内容と被っていると言うか、ある意味、焼き直しのようになっています。「夢見の‥」を読了済で「あまり目新しい内容じゃなかった」とガッカリされてしまった方はスミマセン‥。)

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短編・中編はともかくとして、ある程度の長さを持った物語を「完結」まで持っていくというのは、とても大変なことです。


時間や手間、技術が必要なのはもちろんのことですが、一番のカギとなるのは、そこまでの“モチベーション(やる気)を保つこと”だと、個人的には思っています。


物語というものは自分の好きなシーンや得意なシーンだけで構成されているわけではありません。


完結に至るまでには、苦手なシーンだったり、書くのが面倒くさかったり辛かったりするシーンを乗り越えなければいけない場合も多々あります。


それに、ストーリーを書き進めていくにあたり、知識が足りないことに気がついたり、技術的に書くのが難しかったりと、"壁にぶち当たる"こともあります。


中にはそこで「これ以上書けない」「筆が進まない」と書くのを止めてしまう人もいるでしょう。


つまり、物語を完結させるためには、そういった諸々の“ピンチ”を乗り越えていけるだけの精神力、そしてその精神力の元となる“モチベーション”が必要になるわけです。


どうやったらモチベーションが上がるのか、というのは人それぞれ違っていると思います。


以前読んだとある作家さんのインタビューでは、「まずは自分の作品をよく褒めてくれる友人に読んでもらって、モチベーションを上げていた」というようなことが載っていました(←かなり以前読んだ記事なのでうろ覚えですが…)。


自分の場合は、ストーリーの要所要所に自分の「これは書いておきたい!」というシーンを配置しておいて(しかも結構“密”な間隔で配置したりして)、「とにかくそのシーンまでは頑張ろう!」と、目先の目標を決めてコツコツ物語を進めていく、という方法をとっています。


実際にネット・デビュー作2作品の「花咲く夜に君の名を呼ぶ」と「夢見の島の眠れる女神」もそんな風に書きたいシーンを散りばめ、さらには作品のクライマックスおよびエピローグがその物語の中でも一番の山場というか“一番書きたいシーン”になっていた、ということがモチベーションの源になっていました。


それともう一つ、スケジュール帳(の月間スケジュールのページ)に「その日、自分がやった作業分のシールを貼る」ことで自分のやった作業を“見える化”するということもやっています。


(小学生がラジオ体操に行った分だけスタンプをもらうとか、勉強の“ごほうび”にシールを貼っていってもらう、というのと、たぶん感覚的には一緒かと思います。)


「この作品にはこのシール」という風に、作品や作業の内容別にシールの種類を変えて貼っていくのですが、カレンダーがシールで埋められていくのを見ると、そこはかとない満足感がありますし、「この作品はしばらく更新してないなぁ。次はこの作品を進めようか」といった具合に作業計画を立てる上でも役立ちます。


とにかくそんな風に、自分なりのモチベUP方法を見つけておいて、物語が完結できるように自己のメンタルをマネジメントしていく、ということも、小説執筆の上では大事なのではないかと常々思っているのです。


…まぁ、あらかじめ決まったラスト・シーンというものがない、続けようと思えばどこまでも続けられるようなタイプのシリーズ物小説などは、このパターンに当てはまらない気はしますが…。

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職業:
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趣味:
小説・HP制作、読書、猫と遊ぶこと。
好きな小説ジャンル:
ファンタジー、冒険、恋愛、青春、推理、濃い人間ドラマの展開するモノ。
備考:
漢検2級(準1以上は未受験)。国語の最高偏差値80(高2時点)。

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HPにも小説内にも気づけばあちこちに猫が…。
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